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元号と西暦の対応
「大正何年生まれです。」と言われてもよく分からない。
ビジネスでも日常的にも頻繁に使われる元号。暮らしの根幹ともいえるほど重要なのに義務教育で詳しく教わった記憶がない。道徳の時間に何か話されてたこととか、国語の時間に『不慮記』が出て来たとか、文部省推薦戦争ものの映画を見させられたぐらい。強いて言えば、世間話ついでに、昭和の簡易計算だけ教わったぐらい。
自分は日本史の近現代史までたどり着かない世代の人間だった。あえて文部省、もしくは教員らがこの時代に触れるのを避けてたのか。このことは今度調べてみよう。
元号|西暦|在位期間|計算式
明治元年|1868|45(44)|1868年以降のある明治+67+1800=西暦。
明治32年|1900|45(44)|1900年以降のある明治-33+1900=西暦。
大正元年|1912|15(14)|1912年以降のある大正+11+1900=西暦。
昭和元年|1926|64(63)|1926年以降のある昭和+25+1900=西暦。
平成元年|1989|.~~~|1989年以降のある平成+88+1900=西暦。
平成12年|2000|~~~|2000年以降のある平成-12+2000=西暦。
*( ) 引継ぎのダブり年は次の元号で数えるために元号としては在位期間より1年減る
覚え方
元号の区切り(開始)を覚えるのは必須。西暦下二桁、ロクハチ、イチニー、ニーロク、ハチキューで覚える。
元号が変わる年は実際には二つの元号がダブることになるが、暦上は新しい元号の年とされる。
100年またぎの元号は+と-の2タイプ覚える必要がある。明治と平成。数字だけを足すと100になる(67と33、88と12)!
日常的には平成と昭和さえ覚えておけば困らない。
用語
践祚(せんそ) 天皇の地位が崩御か譲位により移ること。
昭和 「百姓昭明、協和萬邦」。国民の平和および世界各国の共存繁栄を願うこと。元号史上最長。
今上天皇(きんじょうてんのう) 現在即位している天皇。現在は
「大正何年生まれです。」と言われてもよく分からない。
ビジネスでも日常的にも頻繁に使われる元号。暮らしの根幹ともいえるほど重要なのに義務教育で詳しく教わった記憶がない。道徳の時間に何か話されてたこととか、国語の時間に『不慮記』が出て来たとか、文部省推薦戦争ものの映画を見させられたぐらい。強いて言えば、世間話ついでに、昭和の簡易計算だけ教わったぐらい。
自分は日本史の近現代史までたどり着かない世代の人間だった。あえて文部省、もしくは教員らがこの時代に触れるのを避けてたのか。このことは今度調べてみよう。
元号|西暦|在位期間|計算式
明治元年|1868|45(44)|1868年以降のある明治+67+1800=西暦。
明治32年|1900|45(44)|1900年以降のある明治-33+1900=西暦。
大正元年|1912|15(14)|1912年以降のある大正+11+1900=西暦。
昭和元年|1926|64(63)|1926年以降のある昭和+25+1900=西暦。
平成元年|1989|.~~~|1989年以降のある平成+88+1900=西暦。
平成12年|2000|~~~|2000年以降のある平成-12+2000=西暦。
*( ) 引継ぎのダブり年は次の元号で数えるために元号としては在位期間より1年減る
覚え方
元号の区切り(開始)を覚えるのは必須。西暦下二桁、ロクハチ、イチニー、ニーロク、ハチキューで覚える。
元号が変わる年は実際には二つの元号がダブることになるが、暦上は新しい元号の年とされる。
100年またぎの元号は+と-の2タイプ覚える必要がある。明治と平成。数字だけを足すと100になる(67と33、88と12)!
日常的には平成と昭和さえ覚えておけば困らない。
用語
践祚(せんそ) 天皇の地位が崩御か譲位により移ること。
昭和 「百姓昭明、協和萬邦」。国民の平和および世界各国の共存繁栄を願うこと。元号史上最長。
今上天皇(きんじょうてんのう) 現在即位している天皇。現在は
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基本自分の日本語は英語の直訳文体が基盤になってるんだよね。オリジナリティーを出すセンスもないし、その努力も払ってない。恥ずかしながら。
大学受験のとき英語と現代文を同時進行させて勉強してたんだけど、書く力をつけるのに初級レベルの英語がとても役に立った。英語の学習では、文章を理解するのに最低限必要な、主語や述語や目的語を探したり、何が不要な言葉なのかとか、重要なキーワードを見つけるコツを身につけられた。これは現代文も同じなのだが、英語の方が却って「ナメ」がない分、全力で理解しようとしたから成長が早かったな。
助詞「~の」
で本題に戻ってと。
日本語の助詞の「~の」の使い方にとても気を使う。助詞「~の」は便利な反面、多用しがちで、多用しすぎるとバカっぽい文体になるし、読む方に分かりにくくさせてしまう。助詞「~の」は他の表現でも代用できる。なるべく助詞「~の」を避けるようにしている。
一番避けたいケース
・「~の」の多重表現
(例) ~の○○の△の・・・
外国語を翻訳するとぶち当たる時がよくある。
英語もそうだったけど、スペイン語に多かった。なんかハメじゃないかと思うぐらいに多重使用しか考えられない原文とかあった。
他の助詞「~において」とか「~で」とかを代用したり、主語述語で主節に変換したりして訳文を整えた。
スペイン語はほんと日本語に訳しづらい表現がちょくちょく出てきて困る。単に理解できてないだけかもしれないが(笑)
日本語の文章を書くときでも難しいテーマだったりすると、助詞「~の」を多用しがちになる。
薄っぺらな知識しかないのに議論に参加しようとすると、どっかで覚えた専門用語や抽象語持ち出して文にしようとするので助詞「~の」が多くなる。
なるべくSVO(C)に分解して理解していこうっと。
課題
・句読点のセンス
・華麗なる段落分け
大学受験のとき英語と現代文を同時進行させて勉強してたんだけど、書く力をつけるのに初級レベルの英語がとても役に立った。英語の学習では、文章を理解するのに最低限必要な、主語や述語や目的語を探したり、何が不要な言葉なのかとか、重要なキーワードを見つけるコツを身につけられた。これは現代文も同じなのだが、英語の方が却って「ナメ」がない分、全力で理解しようとしたから成長が早かったな。
助詞「~の」
で本題に戻ってと。
日本語の助詞の「~の」の使い方にとても気を使う。助詞「~の」は便利な反面、多用しがちで、多用しすぎるとバカっぽい文体になるし、読む方に分かりにくくさせてしまう。助詞「~の」は他の表現でも代用できる。なるべく助詞「~の」を避けるようにしている。
一番避けたいケース
・「~の」の多重表現
(例) ~の○○の△の・・・
外国語を翻訳するとぶち当たる時がよくある。
英語もそうだったけど、スペイン語に多かった。なんかハメじゃないかと思うぐらいに多重使用しか考えられない原文とかあった。
他の助詞「~において」とか「~で」とかを代用したり、主語述語で主節に変換したりして訳文を整えた。
スペイン語はほんと日本語に訳しづらい表現がちょくちょく出てきて困る。単に理解できてないだけかもしれないが(笑)
日本語の文章を書くときでも難しいテーマだったりすると、助詞「~の」を多用しがちになる。
薄っぺらな知識しかないのに議論に参加しようとすると、どっかで覚えた専門用語や抽象語持ち出して文にしようとするので助詞「~の」が多くなる。
なるべくSVO(C)に分解して理解していこうっと。
課題
・句読点のセンス
・華麗なる段落分け
”外人”という言葉が差別語扱いになって久しい。
いつの頃だろうか、とある外人(おそらく米系白人)が”外人”廃止運動を始めたと記憶している。別の外人作家が”La gaijin”みたいな本を出版した覚えもある。
1985年プラザ合意後、未曾有の好景気と円高ドル安が進み、海外へ旅行するものが増えると同時に外国の人・文化と接する機会も増えていった。この頃にTVでの外タレ枠が増えのだと思う。ケント・ギルバード、ケント・デリカット、チャック・ウィルソン、オスマン・サンコンetc。この頃はインターネットは軍や研究機関で使われるものだったので、一般庶民が外国の情報を仕入れるにはTVや本に頼るしかなかったのである。
時代流れて、TBS「ココが変だよ日本人」が登場。スタジオにいろんな国の外人100人を呼んで日本人ゲストとディスカッションするという番組。
面白アフリカ人軍団、偏屈中国・韓国人、アメリカンスタンダードの米人、が印象に残ってる。もしボビーが当時いたらゾマホンと絡ませたかったものだ。今思うと、ココが変だよ日本人というより、すごく変だよ中韓人だったなあ。同じ韓国人なにに女性が勘違い野朗にブチ切れてたし。そいつは毎回全員からブーイング食らってた。
もちろん一人や二人が一国のお国柄を代表することは出来ないとしてもである。
前々から言われてきた「日本人は外からの視線を気にしすぎである」という分析 で、この番組を機に
今は外国人の方が奨励されている。
でもたまに、TVでも議論が過熱したり、逆に打ち解けた状況では”外人”という言葉が自然に出てくる。
当の外国人でさえ”外人”の方を好んで使う人が多い。
その頃、外人タレント枠が定着してたし、好景気の日本に押し寄せる出稼ぎ外人も増えていたと思う。そういう外国からの目線を極端に気にしてた時代の中でおこった。
いつの頃だろうか、とある外人(おそらく米系白人)が”外人”廃止運動を始めたと記憶している。別の外人作家が”La gaijin”みたいな本を出版した覚えもある。
1985年プラザ合意後、未曾有の好景気と円高ドル安が進み、海外へ旅行するものが増えると同時に外国の人・文化と接する機会も増えていった。この頃にTVでの外タレ枠が増えのだと思う。ケント・ギルバード、ケント・デリカット、チャック・ウィルソン、オスマン・サンコンetc。この頃はインターネットは軍や研究機関で使われるものだったので、一般庶民が外国の情報を仕入れるにはTVや本に頼るしかなかったのである。
時代流れて、TBS「ココが変だよ日本人」が登場。スタジオにいろんな国の外人100人を呼んで日本人ゲストとディスカッションするという番組。
面白アフリカ人軍団、偏屈中国・韓国人、アメリカンスタンダードの米人、が印象に残ってる。もしボビーが当時いたらゾマホンと絡ませたかったものだ。今思うと、ココが変だよ日本人というより、すごく変だよ中韓人だったなあ。同じ韓国人なにに女性が勘違い野朗にブチ切れてたし。そいつは毎回全員からブーイング食らってた。
もちろん一人や二人が一国のお国柄を代表することは出来ないとしてもである。
前々から言われてきた「日本人は外からの視線を気にしすぎである」という分析 で、この番組を機に
今は外国人の方が奨励されている。
でもたまに、TVでも議論が過熱したり、逆に打ち解けた状況では”外人”という言葉が自然に出てくる。
当の外国人でさえ”外人”の方を好んで使う人が多い。
その頃、外人タレント枠が定着してたし、好景気の日本に押し寄せる出稼ぎ外人も増えていたと思う。そういう外国からの目線を極端に気にしてた時代の中でおこった。